優雅なる皇帝記Ⅱ
知に働けば角が立つ、情に竿させば流される、兎角この世は住みにくい。
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無謀な挑戦
暮も押し迫ったある日、買い物帰りにボーっと死神号を操っていたら、
後ろから凄い勢いでインプレッサのWRXに抜かれた。
その時思った。
「よし。あいつをブチ抜こう!物事は成せばなるらしいから絶対抜いてやる!
 もしも抜く事が出来れば、来年は進歩できる。ダメなら、俺は変わらない」
って勝手に基準を作り、仕事でも滅多に見せぬ意気込みで勝負に挑んだ。

しかし、この日乗車の死神号は50ccの原付である。
カッ飛んでるインプレッサを抜くなんて、相当無謀かもしれない。
だがどうしても、頑張ればどうにかなるって事を立証したかった。

幸か不幸か東京の道路は信号が多い。
だからそこで相手が止まった時に、原チャリ最大の武器を使い、すり抜けて前に出れば良い。
原チャリをナメられては困る。
そんな卑怯にも似た作戦だが、勝機はそれしかない。
その作戦に従い、ぶち抜く事に専念した。
ちなみに言うまでもないが、勿論、相手のドライバーはそんな原チャリごとき眼中にもないであろう・・・。

暫く走ると、早速1つ目の信号が期待通り赤になった。
「ふふふ。割と早かったな。まあ青になるまでに並べばいいか」って思って減速したら、
何とその手前の信号も赤に変わり余も停車を余儀なくされた・・・
「ちきしょう。もうちょっとだったのに」こちらも止められるなんて、考えてもいなかった・・・
詰めが甘かったか。

こっちの信号が先に青になったが、敵の信号も直後に変わった。
先頭にいた敵は青になるや猛烈な加速とともに離れて行く。
「速ぇぇぇぇぇ!!」そう言わざろう得ない速さだった。

本当にあんな奴を抜けるのか?だがそこで諦めたらダメだ。
信号に引っかかりさえすれば、どうにかなる。
そう思い走るも、どうしても信号で並べない。
必ず信号1つ分、間が詰められないのだ。
そして次の信号は余が曲がる最後の交差点。

ここは直進すると行き止まりなので、殆どの車が右折か左折する。
しかし多くの車は右折しかしない(要するにその道は右折してまた続いているわけですな)。
敵も右折なら、敵の前に右折待ちの車がいると良いな・・・
そう期待し追いついてみれば、案の定5~6台の車が並んでいた。
しかも先頭は動きの遅い路線バスじゃねーか。
「ヒヒヒ。勝ったな」そう思って、強引にバスの前まで出て、目標を達成する事が出来たのであった。

思い切り卑怯な作戦であったが、とりあえず「抜く」という目標は達成できた。
非力な原付でも、周囲の状況によっては相当な強敵であっても物事頑張ればどうにかなるものかもしれない。
という事を立証出来た様な気持ちであった。
(まあ9割思い込みだと思うけど)

相当強引な勝負と結論であるが、まあ新年への希望って事で、気分は悪くなかった。
何も知らずに勝手にそんな事に挑まれたバトルの相手よ。ご苦労さんであった。
今度見かけた時は、許してやろう。

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新年ですな
まずは、あけましておめでとうございます。
今年が皆様にとって良い年になる事をお祈り申し上げます。

さて、今回は年が明ける前に寝ようと思って布団に入ったが、
今日布団を干したので、暑くて寝れなかった・・・
だから起きてまたネットしてるって訳ですな。
考えてみれば、結婚してから元旦の朝を自宅で迎えるのは初めてかもしれない。
だからどうしたという事もないが、初めてだって気づいた。
それだけの事である。

昨年は色々な事がありました。
慕っていた叔父の急死。
最愛の人との別れ。
突然再開した走り屋遊び。
ネット上で書き始めた日記。
次男坊(1歳半)の自我の目覚め。
足に出来たウオノメ・・・
などなど。

それらはそれらとして、自分に影響を与えたが、
今年は自分から自分に影響を与える何かを探し求めようと思う。
与えられる事を待つのではなく、自分から求めねばならない。
人生を守りにも入らない。色々な困難からも逃げない。
もっと生きる事が楽しく感じられる様にしなければならない。

今まで決して、一生懸命生きたとは言えない人生であった。
だが、せっかく年が変わったのだから、新しい決意なんかをしてみるのも良いであろう。
従って、決意してみた。

曲がった心を捨て、人に優しく、人に暖かく、時には悪に奴になるのも良いかもしれない。

今年がどんな年になるか、楽しみである・・・

ではまた会おう!


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