優雅なる皇帝記Ⅱ
知に働けば角が立つ、情に竿させば流される、兎角この世は住みにくい。
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「最も」とは
それは今朝の事だった。
9月2日の幕僚日誌を読んだ。

そこに、「最悪」という事について書いてあった。
「最悪」とは読んで字のごとく「最も悪い」。
「最も」と付くのだから、それ以上悪い事はない。
ん~。これはこれでうなずける。

だが、納得出来ない事がある。

「最も」とは辞書によれば「程度が同類のどれよりも進んでいることを表す」との事だった。
まあ、辞書的な言い回しは出来なくても、「最も」の意味くらいは理解していた。

だが、だがだ!
中学の英語の時間、比較級だったと思ったが、その授業の時、それまでの「最も」に対する自分が理解していた意味を覆された。
それ以後「最も」と言う言葉は信用出来なくなったのだ。

~ニューヨークは、アメリカの中で最も大きな都市の一つです。~

先生がそう言った。
何でだよ!
何で「最も」なのに、大きな都市が複数あるんだよ!

何で「ニューヨークは最も大きな都市です」って断言しないんだよ!
他にも大きな都市があるから断言出来ない?
ならば、わざわざ「最も」なんて表現使うな。
断言出来ないなら、「ニューヨークはアメリカの中で大きな都市です」って普通に言えば良いじゃん。

そんな事を思ったものだ。
いや、今でも思ってる。

その後も、現在でもTVとか見ていても、そう言う表現が使われる事がある。
「最も」とは、同類のどれよりも進んでいる事じゃないのか?
それが複数あったら「どれよりも」って言えないじゃないか!

そんな事を思い起こされる、日誌であった・・・

※あ、でも、だからって、別に日誌の著者に文句言ってる訳じゃないす。


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